「不正のトライアングル」でリスクに取り組む

先週末(6月11日~12日)、日本NPO学会第24回研究大会がオンラインで開催され、一部のセッションだけですが、ガバナンスに関するセッションがいくつかあり、視聴することにしました。

5月から、非営利組織評価センター(JCNE)が開催している「ガバナンス太田塾」という、JCNE理事長で公益法人協会会長でもいらっしゃる太田達男さんの連続講座に参加していることもあり、ここ数か月、NPOの不正や不祥事、ガバナンスに関して聞いたり考えたりすることが増えました。

不正と不祥事の区別がつきにくいと感じる方もいらっしゃるかもしれません。どちらも個人が関与する場合もあれば、組織ぐるみの場合もありますが、多くの場合、不正には意図(悪意)があります。また、不正な会計処理や補助金・助成金の不正受給などお金にまつわる行為を思い浮かべるかもしれませんが、勤務時間の操作なども考えられます。一方、不祥事は必ずしも意図があるとは限らず、うっかりや偶然で起こるものもあると考えると、違いが分かりやすいと思います。

1つの事案がセクター全体に影響

もうずいぶん前の話ですが、初めてNPOに関わったという20代の若者に「NPOって、いい人ばっかりじゃないんですね」と言われたことがあります。この若者は、NPOで不正を見たとか自身がハラスメントなどを経験したためにこのような発言をしたのではなく、NPOに関わる一部の人の性格などについての発言だったと記憶していますが、「NPOに関わっている人はいい人のはずだ/いい人でなければならない」とか「NPOはいいことをしている」という意見や期待は、裏切られたときに大きな批判となって返ってくることに、NPOとしては注意する必要があります。

これは、不正でも不祥事でも共通して言えることだと思います。悪意があるほうがNPOにとってはダメージが大きいかもしれませんが、たとえうっかりから生じた不祥事だったとしても、その不祥事がいつ起きてもおかしくない状況を(外から見て)放置されていたと感じられれば、その状況が長ければ長いほど、ダメージは大きくなる恐れがあります。

また、一つのNPOによる不正、不祥事によって「NPOってうさんくさい」と思われ、そのNPOの活動分野や地域、場合によっては非営利セクター全体に影響を及ぼしかねないのは、企業より不正や不祥事のリスクによる影響が大きく、また「もらい事故」とも言える状況にNPOは常にさらされていると言ってよいでしょう。

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不正のトライアングル(と、ダイアモンド)

不正や不祥事が発生する原因を分析する方法はいろいろありますが、その一つに「不正のトライアングル」というものがあります。これはアメリカのドナルド・R・クレッシーという犯罪学者が原案者で、不正行為が成立するには、1)機会、2)動機/プレッシャー、そして3)正当化の3つの要素が必要条件である、という理論です。3要素あるので「不正のトライアングル」と呼ばれています。

機会:

不正のトライアングルの要素の一つである「機会」とは、不正ができる環境にある=そこにチャンスがある、ということです。たとえば、現金や預金通帳などを1人の人が長い間担当していて、帳簿を操作されていても誰も気づかないという状況です。最終的に書類などをチェックして承認する立場にある人(事務局長など)が、普段外での活動が忙しくて事務所にいないので、他の人に任せきりにしていたり、たまに来ても「みんなを信用している」とただ承認印を押すだけだったりなどチェック機能が働いておらず、理事会は事務局の書類や口頭説明で十分な話し合いをせずに承認するだけ、なども機会があると言えます。

動機/プレッシャー:

不正のトライアングルの2つめの要素は「動機/プレッシャー」です。たとえば、待遇に不満があったといった所属する組織に関係するものもあれば、自分に借金があったとか、要求された仕事の質や量を達成しなければというプレッシャーがあったなどが考えられます。

正当化:

不正のトライアングルの3つめの要素は、不正への関与への「正当化」です。「私はもっと多くの報酬を支払われるべきだから」とか「他にも不正を働いている人がいるから」というものだったり、経理での不正の場合に「あとでちゃんと埋め合わせるから今だけなら大丈夫」と考えたりする場合が考えられます。

不正のトライアングル

不正のトライアングル理論によれば、不正にはこの3要素が必要です。たとえば、あるNPOで経理処理を1人で担当している人が、家庭の事情でお金が必要になり、困って「あとで埋め合わせしよう」と思って(はじめは)緊急避難的にNPOの銀行口座から自分宛てに送金処理をして決算までに埋め合わせればいいと思い、少しずつ自分への送金を繰り返し、他の人からのチェックもないので「そのうちに」と思っているうちに不正処理・横領した金額もふくらんでいった・・・という事態になりかねません。

3要素がそろっていても、不正をしない人もいます。というより、しない人のほうが多いでしょう。また、組織も他の人も不正のリスクはないのではないか、不正防止対策は適切ではないかと思っていても「こうすればできる」と対策の合間を縫うなどして不正できる方法を見つけて不正に関与する人が出てくる場合もあります。「人」の要素が大きいというのは、不正に限らずリスクの発生に関しても全般的に言えることです。

不正のトライアングルに「実行可能性」をくわえた「不正のダイアモンド」理論もあります。これは、不正をはたらくのに必要な能力や役割、やり通せる精神的な特徴などが含まれます。まさに「人」によるという点に関連すると思います。

不正のダイアモンド

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不正防止の第一歩として

不正や不祥事が自分の関わるNPOで発生してしまったとき、再発防止の第一歩として、起きた事案を分析して、不正のトライアングルやダイアモンドのそれぞれの要素に分類して対処していくというのは、リスク・マネジメントに一つの手法になります。

良く言われるのが「お金の管理は1人まかせない」ということです。これは不正のトライアングルのうち「機会」への対応になります。「動機/プレッシャー」に関しては、家庭の問題を解決するのは組織としては難しいですし、金銭的な報酬を厚くするというのもなかなか難しい面があります。それぞれのようすに目を配ったり、少なくとも年に一度の面談などで何らかの配慮が必要か確認したり、誰かに業務量が偏っていたら調整するということも状況を改善する一例です。正当化については、たとえば「他の人もやっている」と思われる実態があるなら「誰もやらない」と考えられるようなマネジメントが求められます。

何か発生するたびにモグラ叩きのような対応をするだけでは、リスク・マネジメントができているとは言えません。リスク・マネジメントは体系だって行なわれているもの、つまり「システム」です。リスク・マネジメントの重要性と組織としてなぜ取り組まなければいけないのかという「大前提」を、まずは組織内で徹底していただきたいと思います。また、気持ちだけ大声で叫んで、実施に必要な人員や予算をつけないのでは意味がありません。

NPOはとくに、人や資金などのリソースをリスク・マネジメントに充てる余裕がないところも多いですが、まずは不正のトライアングルの3つの要素を1つでも弱めるところから始めてみてはいかがでしょうか。それがリスクへの対処の第一歩へとつながると思います。ただし「取り組みやすいけど自分たちのリスクに取り組む姿勢は全く変わらない」というのでは意味がないので、注意が必要です。

全般的なリスク・マネジメントの話で、経験からの「肌感覚」の話で恐縮ですが、意外と「他の人だっていい加減なことをしている」と組織内で思って不満に感じている人が話してみると多いと思います。とくに、事務局長や理事、古株のボランティアやスタッフのみなさんは、率先して自分を律するようにしていただきたいと思います。

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(中原)