ミッションを軸にリスク・マネジメントに取り組む

pray hands

静岡県内の認定こども園で、園児がバスのなかに5時間置き去りにされ、重度の熱中症で亡くなるといういたましいことが置きました。3歳で亡くなってしまった河本千奈ちゃんのご冥福をお祈りするとともに、ご家族の悲しみ・苦しみは私の想像を絶するものではありますが、それでもでも心がしめつけられます。お悔やみ申し上げます。

1年前にも、同じようなことがおきたのに、なぜまたという思いもあります。あまりのいたましさに、冷静にこのニュースを見るのは難しく、まだ分からないこともたくさんあります。日ごろからの組織のあり方なども影響するので、あくまでも、今回の事故に関して何かを断定するものではなく、目にした一部の報道から「一般論」としてリスク・マネジメントについて考察しようというものです。子どもと接する活動をしているNPOのみなさんだけでなく、あらためて自分たちのあり方を見直すきっかけにしていただきたいと思います。

なお、理事長兼園長などの記者会見についてのコメントは、今回はしません。

重なったミス

今回の園児バス置き去りが起きた日は、通園バスをいつも運転する方がお休みで、臨時の運転手3人にも断られ(共同通信)、増田立義理事長兼園長がバスを運転しました。

杉本智子副園長は、ほかにも原因や背景はあるかもしれませんが、今回の事故は:

①バス下車時に、名簿と下車する園児を照合する決まりが伝えられていなかった
②園児が残っていないかダブルチェックしていなかった
③クラスの補助員が登園状況を確認しなかった
④登園するはずの園児がいないのに、保護者に確認しなかった

ことが原因だと述べました(テレ朝ニュース)。

増田理事長兼園長(以降、「理事長」とします)は、「ドアの方は見ました。でも後ろ側は見えないですね、運転席から」と述べています(TBS NEWS DIG)。「見えないから見てない」のか「見たけど見えなかった」のかでは意味合いが異なりますが、地の果てまで続く長さのバスではないのですから、なぜ立ち上がり後ろまで歩いて行かないのか、不思議に思う方もいらっしゃるのではないでしょうか。

忘れ物がないかという確認も含め、後ろに行って確認するまでほんの数分ですむ「ひとてま」をかけなかったために、命を奪われてしまいました。

「大丈夫だと思うけど、一応」の「けど、一応」が、大事故を「ヒヤリハット」にとどめてくれます。手順として決められているかどうかに関わらず、その「ひとてま」をかけられる業務や心の余裕がもてるようなシフト・人員配置をしてほしいと思います。NPOにはボランティアの存在がそのような余裕を実現させてくれる存在でもあります。「忙しかった」や「そんな(時間やお金の)余裕はない」は、どれだけ自分たちが工夫してきたかにもよりますが、それでも何かが起きたあとの被害者やその関係者への免罪符にはなりません。理解をしめし、同情してくれるのは、同じ活動をしていたり、NPOの状況を理解している第三者だけです。みなさんのミッションは、誰の方を向いてどのような社会をめざして活動するためのものでしょうか。

ページトップへ

SHELLモデルで分析・再発防止に取り組む

今回の事件では、人の不注意やミスをカバーするために機能するはずの取り組みが、副園長が指摘しただけでも4つ、機能しませんでした。リスク・マネジメントの手法として昔からある「SHELLモデル」で考えてみましょう。SHELLモデルは、

  • Software (マニュアルや規程の有無や、更新頻度など)
  • Hardware (建物の構造や機材など)
  • Environment (明るさや温度、湿度、音など判断や言動に影響を及ぼす環境)
  • Liveware (事故等に関わった他のスタッフや利用者などの属性、当時の心身の状況、経験、知識など)
  • Liveware (事故等の発生に関わった本人)

の角度から事故の原因を探り、再発防止策を考える方法です。たとえばSに関して言えば、ダブルチェック等の決まった手順があったようですが、副園長の指摘ではそれが守られていなかったようです。相手が理事長だから徹底するよう周りが言うことができなかったのか、理事長だから分かっているだろうと思って誰も言わなかったのかは、わかりません。これは、2つのLに関連することになります。このように、SHELLモデルは、それぞれが独立しているのではなく、原因を考えていくと密接に関わり合ってくることが多いです。

Hで言うと、バスの構造です。理事長の発言からも「運転席からは(立って後ろをふりかえったり後ろまで行ったりしなければ)見えない場所=死角がある」ことがわかります。

Eは、園児がなくなったことは車内の気温が上がっても空調をつけたり窓を開けたりできなかったということもありますが、たとえば他の園児が下車したときにバスの車内が暗くて確認しづらかったなどがあれば、「E」としてとらえられます。

本人以外のLでは、なぜ副園長や他の職員がダブルチェックを行なわなかったのかとか、亡くなった園児だけでなく他の園児も含め、一般的に閉じ込められた車内ではどうすることもできない年齢(つまり、サバイバルの経験や知識をまだつけていない)ことなどもあげられます。

最後にLは、理事長ですが、バスの運転に不慣れだったという会見でのコメントもあるようですが、そのためにバス施錠前の点検事項まで意識が向かなかったなどの原因も考えられます。この理事長がバスをいつでも安全に運転できるよう研修を受けていたということなどがあったかどうかなどによっても、この要素での検討事項は変わってきます。

ほかにも、クラスの補助員の登園状況を確認しなかった点や、保護者に連絡しなかった点についても同様に、その担当者を本人のLにすえて、SHELLモデルを使って考えることができます。SHELLモデルを1人1人について考えて終わりではなく、さらに全体的な組織マネジメントや子ども(の命)を預かることに対する考え方など、広く組織の文化などについても検討することも必要です。

ページトップへ

あらためて「大事にしているもの」を組織内で共有する

事故防止、再発防止の策として、マニュアルや規程を整え、研修を行なうことは大切ですが、マニュアルなどは完璧なものではないですし、「これがあれば安心」というものでもありません。あくまでも、行動の確認・標準化のためのツールであり、万能薬ではありません。

さまざまな分野の知識を持つ方たち(その業界の重鎮とかである必要はありません。柔軟な発想を持ち、他者の意見を最初から否定しないというルールで参加できる方がよいです)のアイデアを多方面から出してみてはいかがでしょうか。そこから「すぐできるもの」「時間がかかるもの」「いまは検討できないもの」などの「時間」を軸に分類したり、予算をつけないといけないものや、予備費などから捻出して取り組めるものなど「お金」、専門家など外部からの支援が必要だという「知識・情報」などを軸に分類して、まず着手するものを決めていきます。

こちらの記事では、アメリカのスクールバスは、運転手がエンジンキーを抜いたあと、車内にアラームが鳴り響くそうです。そのアラームを止めるには、バスの最後部にあるリセットボタンを押さないとならないため、車内確認をすることになるそうです。このような「ミスができないしくみ」を作ることも、リスク・マネジメントのひとつの方法です。園児たちにクラクションを鳴らす体験を提供したり、SOSが保護者や保育関係者に送れるデバイスを配布するのも一案でしょう。しかし「こうしてみては」とバラバラと案を出すだけでは根本的なリスク・マネジメントには不十分です。本来は、この件に限らず、活動中の大きなリスクの発生事象やその要因、防止策を考えるリスク・マネジメントの最初の段階では有効です。みなさんの団体のミッションをあらためて確認し、自分たちが大事にしていることはなにかを共有してください。ミッションを軸として組織のあり方を見直すことは、「なんだかよくわからないけどハウツーを寄せ集めてきました」という「リスク・マネジメント」になってしまうことを防ぐ一助になると思います。


今回は、理事長の記者会見でのようすについては、ふれませんでした。また、保育士の給与などの待遇や、待遇をささえる幼稚園、保育園、認定こども園などの予算など、制度にかかる点についても触れませんでした。NPO全体にも言えることですが、人件費や活動を支える資金確保に関する自由度、補助金や助成金のあり方などが組織の危機管理をはじめとする運営能力に関わる部分もあります。資金が潤沢にあれば何でもできるようになるわけではありませんが、自分たちの団体の中だけでなく、自分たちをとりまく環境や制度にも目を向けて他団体と協力して変えていく取り組みが必要なこともあります。

何度私たちは「このようなことが二度と起きないように」と、言わなければならないのでしょうか。お悔やみの言葉とともに、このような表現がテンプレートのように「置くことに慣れ」ることがないよう、社会を良くしたいという熱意で活動をしているみなさんと、引き続き活動していけたらと思います。

ページトップへ

(中原)