ミュージカル『アリージャンス~忠誠~』観てきました。

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首都圏1都3県で延長されていた緊急事態宣言が21日で解除になることが正式に決定されました。解除になっても、当面は感染拡大予防に努めるため、打ち合わせやお仕事はオンラインを基本とさせていただきます。ご理解のほど、よろしくお願いいたします。

ミュージカル『アリージャンス~忠誠~』を観てきました。東京都が緊急事態宣言延長中であることで迷ったのですが、「やはり観に行かなきゃ」と思い、チケットを取りました。このミュージカルをいま観ておかなければと思ったのは、現在のコロナ禍のアメリカで、アジア系の人々への差別や差別に基づく暴力が増えているというニュースを目にするからです。日本版の出演者の豪華さも「観たい」と思った一因です。(かつて大ファンだった渡辺徹さんの生歌を聴ける!というのも一因。)サムのおじいちゃん役を演じる上条恒彦さんは、日系アメリカ人の強制収容所が題材となっていたテレビドラマ「99年の愛〜JAPANESE AMERICANS〜」にも出演されていました。

『アリージャンス~忠誠~』の概要と感想

 『アリージャンス~忠誠~』は、日系アメリカ人俳優ジョージ・タケイ氏の、第二次世界大戦中の日系人収容所経験などをもとに作られたミュージカルです。ジョージ・タケイ氏といえば「スタートレック」シリーズでの「ヒカル・スールー」役が有名ですが、LGBTの権利擁護でも積極的に発言・活動していることでも知られています。『アリージャンス~忠誠~』は2012年にカリフォルニア州サンディエゴで初演、ニューヨークのブロードウェイではタケイ氏本人も出演されていました。
 ミュージカルの主人公は、サム・キムラ。話は、第二次世界大戦中のアメリカ。農場を経営する父と、日本から渡ってきた移民一世でアメリカ国籍取得を許されなかった祖父、そして自分を出産するときに亡くなった母の代わりに自分を世話してくれてきた姉のケイとともに、カリフォルニア州で暮らしていました。
 しかし、日本がハワイの真珠湾を攻撃し、第二次世界大戦が勃発。日系アメリカ人は「敵性外国人」とみなされ、ルーズベルト大統領が大統領令9066号(通称「EO9066」)を発令し、約12万人の日系人が、財産や土地、家屋を奪われ、手荷物だけを持って強制収容所に送られました。たいていの収容所は、カリフォルニアの気候とは異なる自然環境も厳しいところでした。
 キムラ家は、ワイオミング州のハートマウンテン移住センターに収容され、屈辱的・差別的な扱いを受けながら、厳しい自然環境のなか生活をすることになりました。1929年に設立された「JACL(Japanese American Citizens League、日系アメリカ人市民同盟)」日系人のおかれている環境をなんとか改善しようと奔走するのですが、なかなかうまく行かないなか、アメリカへの忠誠を示すために、日系アメリカ人だけで作られた部隊がヨーロッパでも激戦の最前線に送られ、サムも彼女を残し参加。その部隊で活躍し「ヒーローだ」と、称えられ、重傷を負いながらも帰国したのですが、そこで待っていたのは・・・というストーリー展開です。

 このミュージカルを観るには、当時の日系アメリカ人が置かれた状況についての知識が少しあるほうがいいです。なくてもエンターテイメントとしては見られますが、作品の裏にある、日系アメリカ人の多くが当時直面したであろう苦悩や過酷な経験を少しでも知っておく方が、より心に響くことや考えることがあると思います。ウェブサイトでの解説のほか、会場でも「ご自由にお持ちください」ということで、「関連用語解説」が配られていました。
 上演時間は休憩(20分)を含め、約2時間40分でした。ときどき、突然演奏される和楽器の尺八のような音色や、日本の歌のような音階の歌が登場するのが、「そこで和風にしなくても」と、ちょっと違和感と「とってつけたような」感覚を覚え、つい笑ってしまいました。また、「男は」という歌に「そんなに男、男と強調しなくても」と思ったりもしましたが、これは当時の時代として仕方ないと思うことにしました。これらの点をさしひいても、第二次世界大戦勃発で変わってしまった自分たちの生活と、その変化のための苦悩、戦争そして日系コミュニティ、あるいはときには家族のなかでの分断など、日本からアメリカに渡った人たちが世代をこえて経験した苦しみや、苦しいなかで保とうとした誇りや日本への想いなどについて学んだり想像したりすることができる作品だと思います。

何へのガマン・忠誠か

 作品を通じて「ガマンだよ」というシーンが何度も出てきます。ミュージカルでは、それでも「ガマンだよ」と、年長者が言います。サムの父親は「目立つことをするな。ガマンしろ」とサムに言います。「ガマンをすれば、あとできっと報われる」のか、それとも「どうせ抵抗しても無駄だから、ガマンする」のか。その先にあるものが見えない若者はガマンすることに意味を見出せません。
 そこで「ガマンはしていられない」と、「祖国アメリカへの忠誠」を示すため戦地に派遣されることを望むサムのような若者と、アメリカへの忠誠を問う質問票に反対する若者の分断を生んでいきます。この分断が、主人公サムと姉のケイをも、のちに離れ離れにさせてしまいます。
 ミュージカルのタイトルでもある「アリージャンス(allegiance)」、忠誠というのは、アメリカへの忠誠か日本への忠誠か。日系アメリカ人はジャパニーズなのかアメリカンなのか。日本に行ったこともない日系アメリカ人にとっては、自分はアメリカ人以外の何者でもないのに、日本にルーツがあるということで差別され、敵性外国人として迫害されます。日本の文化になじみがあり、自分のルーツとしての日本に愛着や関心はあっても、忠誠があるかと言われても困る人は多かったのではないでしょうか。物心ついてから渡米してきた移民一世が抱く感情とは違っていたと思います。それなのに、一部の若者たちにとって、自分たちの忠誠を「証明」する方法が、日系アメリカ人のみで編成された部隊に参加し、ヨーロッパの激戦地に行くことだったわけです。命がけで忠誠心を示さなければならない時代は二度と起きてほしくありません。
 残念ながら、日系アメリカ人に限らず、アメリカの社会でマイノリティは自分のルーツを根拠に差別を受けたり憎悪の対象になることがあるのは、戦後75年以上経った今でも変わりません。最近では、新型コロナウイルスが中国に起源があったとして、トランプ前大統領も「中国ウイルス」などと呼んでいましたが、ウイルスが蔓延している元凶だとして、アジア系住民を標的にした暴力などが増えています。
 

疑問点:マイク・マサオカ氏の「描かれ方」

 観劇前から登場人物やストーリーを見ていて気になっていたことがあります。それは、マイク・マサオカ氏の「描かれ方」です。なぜ、このミュージカルに「ジョージ・タケイ」という名前の登場人物はいないのに「マイク・マサオカ」がいるのか。マイク・マサオカ氏をモデルにしたと分かるとしても、別の名前を使うことはできなかったのか?その点がすごくひっかかっていました。
 公正を期すために、このひっかかりを強く持つ理由の一つは、私がこの「マサオカ家」との交流があるということをお伝えしておきます。マイク氏にはお会いしたことはありませんが、姪にあたる方々と交流があります。
 たしかに、第二次世界大戦中にマイク・マサオカ氏をはじめとする一部の日系アメリカ人が政府に働きかけた(と言われていること)や、その結果起きたことについて、当時の日系アメリカ人の間に様々な意見があったことは、私も以前何かの資料で読んだり、日系アメリカ人の方からも聞いたこともあります。しかし、第二次世界大戦中に同じ「敵国」なのに在米ドイツ系・イタリア系住民とは異なる処遇をうけていた日系住民の地位と環境の改善のために、マサオカ氏らやJACLが奔走していました。なかには、JACLが日系「アメリカ人」と日系「住民」を分けたことなど、のちにJACLも公式に過ちを認め謝罪したこともあります。
 このミュージカルに関してJACLも声明を出しています。

JACL Statement on Allegiance

 この声明でJACLは、ジョージ・タケイ氏が、第二次世界大戦中に日系人が強制収容所に収容されていたことをとりあげたことに謝意を示しつつも、「他の登場人物がモデルとなる人たちがいながらも架空の名前が使われていながら、JACLとマイク・マサオカについては実名を使っていることに困惑しています(“Although most of the characters, which are loosely based on individuals, have fictional names, the JACL is disturbed by the play’s use of the names of the Japanese American Citizens League and of Mike Masaoka.”)」とし、「実名を利用することで、聴衆が、自分たちが歴史上のフィクションを見ていることを忘れてしまうのではないかと懸念している(“The JACL is concerned that by using actual names, audience members may forget that they are watching a historical fiction.”)」とも述べています。
 創設10年強の市民団体が、敵性外国人のレッテルをはられた日系人のために立ち上がっても、すべての要求を通すのは無理だったと思います。条件闘争となるなかで、納得できない人たちや「切り捨てられた」(と思った)人たちがでてきてしまった部分もあったのではないでしょうか。「もっといい結果や方法」はあったのかもしれませんが、当時の社会情勢や日系コミュニティへの人々の感情、アメリカ政府の担当者の性格など、「その結果」をもたらした要因はあるはずです。
 アメリカの政府や大統領ではなく、本来は「同胞」であるはずのマイク・マサオカ氏を悪者にしたてることで、自分たちの怒りの矛先を向けやすくしていたという面もあるのかもしれません。あくまでも想像の域を超えませんが。

 なお、日系アメリカ人の強制収容に対し、1988年になってレーガン大統領が公式に謝罪し、1人あたり2万ドルの補償を支払うとしました(「1988年市民自由法」)。最近では、今年1月にアメリカ合衆国大統領に就任したバイデン大統領が「アメリカの最も恥ずべき歴史上の時代の一つ」として改めて謝罪をしています。

私は何者か

 かつて日本から海外に渡った人たちの歴史やストーリーを案外知らない日本人が多いのではないかと思います。日本を出ていった人たちが、たどり着いた先でどのような苦労をし、また何をなしとげ、何をあきらめ、日本をどう思い、何を大切にしてきたのかということを学んだり想像したりすることは、いま、日本にいる私たちがどういう国や社会をつくっていくのかを考える助けになると思います。私たちは自分たちの中の「日本」の成分とどう向き合うのか、そもそも、そんなものがあるのか、他の人たちはわたしの「日本」の成分をどう見るのか。
 私は何者なのか。私は他の人からみて何者なのか。そんなことを考えながら帰路につきました。

 『アリージャンス~忠誠~』東京公演は、東京国際フォーラム ホールCにて28日(日)まで。その後、4月17日(土)~18日(日)の愛知県芸術劇場大ホールでの名古屋公演、そして4月23日(金)~25日(日)の梅田芸術劇場メインホールでの大阪公演と続きます。21日(日)までは、東京都の緊急事態宣言延長にともない、チケットは劇場の収容人数の50%に達する分までしか販売しないそうです。

(中原)